説明
多くの人は古代エジプトというと、神殿、神秘、ピラミッド、死後の世界を思い浮かべるかもしれません。
しかし、私たちが、このセミナーで探求するのは、歴史そのものではありません。
古代エジプトの人々がどのように生きたのか、どのように人を導いたのか、どのように死を理解したのか、そしてどのように永続する意識を見つめていたのかなどを通して、人類が長い年月をかけて問い続けてきた普遍的なテーマを探求します。
そこでは、日常生活、ファラオの役割、神聖なる責任としてのリーダーシップ、来世への理解、生命の継続性を、単なる知識ではなく、直接体験への入口として扱います。
そうすることで、人生、責任、生死、そして継続する意識を通して、私たちが、転生輪廻を超えて思い出そうとしていることが何であるのかが、徐々に明らかになっていくことでしょう。
【受講者の体験】
⚫️ラピスラズリの瞑想、なんとも言えない未知の世界の鍵をいただいたような、楽しみとスリルの体験でした。
最後のインナーチャイルド・セッション
地面に天体図のような曼荼羅のようなものを書いて、その上を歩いたり、とんだり跳ねたり、植物で編んだお守りのようなものを置きながら祈りなのか、ゲームなのか。ひとりだったり、数人だったりという記憶が出てきました。
⚫️ナイル川の1日の瞑想をして、今毎日の生活の流れが、そのまま体験されている感覚がありました。
朝の目覚め、日の光、鳥のさえずり、生活の音、川辺の散歩、呼吸、日光浴、子どものあそび、学びの様子を見ながら関わる…
ナイル川にうつる自分をみて、流れと共にあるように感じました。
ちょっと不思議な感じです。
⚫️インナーキッズセッションは、1時間弱でしたが、とても濃密な体験でした。
「エジプトに関する10の事実・真偽判定ゲーム」で、アナさんから質問されると、見たことも聞いたこともないゲーム「セネト」の道具がイメージとして自然に浮かんだりして、知ってる知ってると子供が反応するような感覚を体験しました。
加えて今まで考えたこともなかった”ゲーム”が持つ可能性を認識し、確認し、ゲームをしたくなるような体験でした。
かつて自分が白っぽい麻布のワンピースのような服を着て、生活していたことがあるように感じました。エジプトで生活していた時のことだったのでしょうか。
今回のこのセッションでの体感は、時間も空間もシームレスな感じで、質問に対する自分から出てくるレスポンスも早かった気がします。
初めての体験でした。
⚫️古代エジプトは若い時惹かれてエジプト展などにいきながらも 私は、エジプト時代は奴隷として働いて最後はお墓で生き埋めになったんだろうと、ネガティブな思い込みをしていました
セミナーの瞑想ではほとんど寝てしまって意識がないのですが とても幸せな日常生活を感じていていました
ラピスラズリの石の瞑想では脳がかきかえられているかのようなパワフルな不思議な感覚で、頂いた絵を観ると、具体的に言葉にできないのですがとって深いメッセージが送られてくるのを感じます
私の今までのエジプトの印象が変わりました
2日目の権威のテーマは常に持ち、社会に反発して生きてきたので興味深いです
昨夜はエジプトの発掘作業にてクロネコのバステトを掘り当て、チャイルド大興奮でした
なんといいましてもエジプトでの奴隷について、いただきましたコメントがとても腑に落ちました
今までの生きにくさや生きグセがずっと昔からのものだったという事や、許さないという執着が、健やかさからかけ離れた人生になってしまう事など
子供の頃から偏屈で物の捉え方がネガティブだった事を手放し 許すタイミングをいただきました
最近見えてきたわたしのつまずきに光がさしてきたようにおもいます
セミナー中にお話しくださってありがとうございました
わたし自身も許し、誠実に育んでいきたいと思います
お腹いっぱいのご馳走やエジプトの品々、素晴らしい絵画も観る事ができ おもちゃまでいただきまして充実した2日間をありがとございました
⚫️昨日の瞑想の中で、パート1でも、ラピスラズリでも、印象的だったのは、共通して宇宙を、宇宙からのチリとして展開した世界観を見ている感覚で、本不生の「A」が何度か出てきました。
アイデンティティのところで、宇宙をクリエイトする本不生の「A」の波動、世界が出てきて、空海の映画の曼荼羅の世界が出てきて、エジプトでも既にそういう世界観に惹かれていたんだなと。
ここでの男性性、女性性、インナーキッズの姿は、本来の今の自分の底辺に流れる、そのものだなと。
これまでの体験で、ある意味歪んだというか、まさに忘れていた時期が長かったなと。
インナーキッズのアイデンティティが、人格を選んだのが、まさに好奇心で、ミイラを作る人‼️で、その本質が、より良き死後の世界へ、より良き甦りを願っていて、いかに安らかな死を迎えられるのかと思っていました。
今の自分以上に、そんなことを思っていたことに驚きでした。
2日目のファラオのセッション、ルールと構造、それを超えたプレゼンスを見極めるはとても興味深く、大変役立つものでした。
自分のエジプトでの過去世や自分の家系のカルマセミナーでも、いかにして民を幸せにする統治とはどういうものなのかを探っていた記憶があり、それが未完成になっている感覚が残っています。
質問もさせてもらいましたが、見極める指針というものが、最近のフィールド、真に全てが一つであるという世界では、これまでの軸では通用していない感覚があって、お話いただいたことはとても役立ちました。
話されていた一日セミナーの内容を楽しみに待ちます‼️
死後の世界のセッションは、自分が病気にもなり、感覚が随分と変わり、永遠の生命力という感覚は安定したものでしたが、この視点からのレガシー、プレゼンスは新しい洞察がありました。
今回も宇宙の中で完全に生きるという質問に対しては仁王坊が出てきました。
また、日常生活の中にどう浸透していくかを見ていきたいと思います。
ありがとうございました。
⚫️エジプトの記憶ですが 子供の記憶は 足首でボールを蹴り上げるような 遊びを笑いながら 熱心にしていた自分でした。
他には 年齢に関係なく 人生で体験していたことの記憶に 夜空を眺めて 月と星々の流れを感じて 広大な宇宙を感じたり 観測したりしていた自分を体験しました。
あとは 神官と女神の祈りのような そんなビジョンをいくつかみました。
これは神官としての自分の時と 女神としての自分の時とを 第三者的にみるのではなく 一人称として体験していたので 神官だったのか 女神だったのか どちらとかの区別がないような 不思議な感じのビジョンでした。
どちらの体験も神々とつながるための コミュニケーションを感じていて 神官は祈りを通した意図を伝えることで神々とつながり その答えが女神を通してもたらされるみたいなそんなビジョンでした。
とても楽しいワークをありがとうございました。
⚫️エジプトは、以前から近いようで遠く 興味があるようで、知るのが怖い異世界のような印象があったように思います
エジプトの子供時代にあそんだ遊びや、記憶と言うのは、なにも思い出せるものは特には無かったのですが、私がとても印象的だったのは、✽お人形は子供達が遊ぶためのものだったでしょうか?→と言うアナさんの質問に 何故か、その時 それは違う 死者のためにも使っていた!とふっと思ったのが自分でも知っていたかのように思っていたことがとても印象的でした
後は、今の、自分が子供の頃に遊びでは無いですが、欲しいと思ったものが、通信機器 糸電話や、電話のおもちゃ、トランシーバーなど、女の子が求めるおもちゃではないものですが、そのことを思いだしてました
2日目のセミナーの内容は、とても興味深いものでしたが、ほとんど耳に入ってこなくて 音源が上がったときにまた改めて聞こうと思います、多分何か自分の中で大きな抵抗があったのだと思います
✽最後の死後の世界と継続性は 何番かは覚えていないのですが、多分第2章から3章のあたりではないかと思うのですがとてもリアルな夢のようでもありリアルな現実でもあるような体験があったのですが、私が何故かアナさんの髪を洗って整える夢なのか、なんなのかわからない不思議な体験でしたが、一瞬で夢を見ていたのかもしれないです
今回のセミナーで、古代エジプトは、日常をとても神聖なものとして生きていて、今の時代にも、思い出せばそれは、今も続いているものなのかな と思いました
セミナーに参加できて、良かったです ありがとうございました
⚫️第2章で、ファラオに会いました。その時、知っている感覚になり、アナさんの言葉が美しく、感動が湧きがってきました。
ファラオが消えた時、そこにコーヒアランスを感じ、古代からずっと私たちはこの波動と共にいたんだと気づきました。
⚫️《日常生活》
シンフォニー
5.衣服アイデンティティー
肩書き 、 役割 、 ラベルなくプレゼンスであること。
内なる子供の中に勇ましく🏹で狩りをしたり、研究者や学者として活躍したかった面を発見しました。
今世では、商売農業の家庭で生まれたことで内なるこどもを家庭の価値観や枠組みにはめ込んでしまい、また大人の自分が内なる子供の声を聴かずにいたことの申し訳なさが湧いてきました。
9 番のゲーム音楽喜びのところでも評価なく純粋に体験を楽しむことが許されなかった内なる子供の悲しみが現れました 。
ラピスラズリーの旅で 、 揺るぎなさ 、 夜空の静けさのような 静止 した存り様、 基盤、 深淵な揺るぎなき波動を強く感じました。
インナーチャイルドセッション10の事実から
遊びを通して社会との繋がり、自分を安全に保つこと、建設的な関係性を築くこと、 調和ナイスであること 、 やり直すこと、 許し 許されること 、 自分の中の枠組みや境界線を持つことの、日常に生きていく大事な基盤を遊びを通してきちんと学べていなかったということに気づきました 。
《ファラオ》
プレゼンスへというところで 、 自分のルール 約束ごと
規律は自分を自由にするため、 解放するためにとても大事なことであるということ。
「権威」とか「役割」とか「立場」 の関係性は変化し手放していくと楽になる、執着なく尊重することで本当の目的 を見出していくということ
第六学章では、内なる子供にわかるように体験をお願いしました。
ご質問の回答で 、
ビジョンを持つこと。
仕事ではなくケアの意識を忘れてないこと。
「1000 年の間に通用する行動であるか? 」
「私が」ではなく全員のフィールドで作り上げるものとは何なのか ? 準備したことに執着せずフィールドがどう変化したか?に呼応し柔軟に 対応してゆくことは非常にインパクトがありました 。
《死後の世界》
「自分の寿命があと1年だとしたら」という質問から見出だしたことを行動してみる。
後世に残す遺産として変化し続ける存り様そのものが言葉以上に周囲に影響を与えていること、それもレガシーであること。
5歳 15歳 30歳 60歳刻みで見た時に 、30 代子育て奮闘していた時の私はケアして欲しかった。
助けが欲しいがそれが言えずイライラしてばかりでした 。
当時の想いが今の父の立場の想いと重なり、ケアの意識を忘れていたことに気づかされました。



